論点 問われる都知事の資質

以下の原稿は、毎日新聞2016年6月16日付(東京朝刊)からの転載記事

自己保身や権力欲露呈 塩田潮・ノンフィクション作家

 2011年2月に雑誌の座談会で、新党改革代表だった舛添氏と初めて会った。「ピンチに立った時の政治リーダーの振る舞い」が話題になったのは、今から思えば皮肉だ。前年の参院選で敗北した菅直人首相(当時)の言動について、舛添氏は「聞くに堪えない」「全く空虚な言葉が並ぶ」「自分でものを考えていない」などと辛辣(しんらつ)に批判していた。その言葉が今、自分に返ってきている。

 ついに辞表を提出したが、舛添氏がかたくなに辞職を拒んできたのは、自分では「辞めなければならないほど決定的な非はない」と思っていたからだろう。参院選への悪影響を避けたい思惑から与党内に辞職論が出てきて、不信任案可決のレールが出来上がり、続投不能と判断したようだが、政治リーダーの出処進退では、辞任の最終決断は、これ以上の延命は無理という自己認識である。

 舛添氏の場合も、「なんとしても仕事がしたい。死んでも死にきれない」「リオデジャネイロ五輪・パラリンピックが終わるまで猶予をいただきたい」といった発言から、一分一秒でも長く知事の座にとどまれる可能性がある限りは居座りたいという意識がうかがわれた。参院選やリオ五輪・パラリンピックが終わるまで時間を稼ぎ、都議会や世間の空気が変わることを期待したのだろう。 

 リーダーの引き際には政治家の個性や本質が表れる。本来なら言わなくてもいい「死にきれない」「猶予を」などの発言には、自己保身や権力欲の強さが表れている。疑惑を追及された時の態度からもそれがうかがわれる。リーダーが引き際の場面で続投に執着する場合、追及に対して、六つの対応が考えられる。(1)開き直り・居直り(2)ごまかし(3)言い訳(4)時間稼ぎ(5)責任転嫁(6)無反省−−だ。

 舛添氏の場合、これを全て駆使して延命を図ったのが特徴だ。「二流のビジネスホテルに泊まれますか」といった弁明は(1)。公用車使用や美術品購入に関する説明は(2)。「不適切だが違法性はない」と結論づけた弁護士の調査は(3)の役割を果たした。記者会見では厳しい質問をのらりくらりとかわし((4))、「事務方に任せていた」((5))や「ルール上問題ない」((6))という釈明も目立った。

 舛添氏は「法に触れなければ逃げ切れる」と考えていた節があるが、それは通用しない。巨悪はもちろんいけないが、今回の疑惑は「せこい」だけに、一般の都民の生活感覚のレベルで余計、反発が大きかった。本来は、辞職の前に都議会に百条委員会を設置するなどして、疑惑を解明する方が建設的だったが、都政の停滞という点で時間の無駄という意見もあるだろう。

 東京都は地方自治体としては巨大だ。知事選はどうしても人気投票的になってしまうが、有権者は候補者を政策で選ぶ目を持たねばならない。今後の都知事は、人口減少・高齢化が進む日本の首都のあるべき姿を打ち出し、五輪をその中でどう位置づけるのかきちんと説明するなど、都知事としての役割、それにリーダーとしての資格をきちんと示してほしい。【聞き手・森本英彦】

■人物略歴

しおた・うしお

 1946年生まれ。慶応大法卒。雑誌記者を経て独立。著書に「出処進退の研究 政治家の本質は“退き際”に表れる」など。「霞が関が震えた日」で講談社ノンフィクション賞。公式WEBサイトはこちら